世界2%の人だけに聴こえる「ザ・ハム」——連邦政府も解明できなかった低周波の謎
耳栓をしても消えず、測定器にも引っかからない。世界中で報告される謎の低周波音「ザ・ハム」は、人々の日常を静かに蝕んでいる。
眠れない夜の「あの音」の正体
深夜、静かなはずの部屋の中で、遠くからアイドリングするディーゼルエンジンのような音が聴こえてくる。窓を開けても、外に出ても、音源は見つからない。耳栓をしても、枕で耳を塞いでも、その低い唸りは消えない。やがて睡眠が乱れ、集中力が失われ、やがて精神的にも追い詰められていく。
この現象は「ザ・ハム(The Hum)」と呼ばれる。世界人口のおよそ2%が経験すると言われ、19世紀のイギリス・ブリストル周辺での記録を皮切りに、北米や欧州を中心に何千件もの報告が積み上がってきた。不思議なのは、訴える人々の証言が地域を問わずほぼ一致していることだ。「屋内でしか聞こえない」「町を離れると止まる」「いかなる録音機器にも捉えられない」——この三点が、世界各地の報告者に共通している。
連邦政府まで動かした「タオスの音」
1990年代初頭、アメリカ・ニューメキシコ州の小さな町タオスで、住民から相次いで同様の苦情が寄せられた。苦しむ人の数が無視できないほど増え、最終的には米国議会がこの問題を取り上げる事態に発展した。複数の大学の研究チームや、核関連施設の専門家までが調査に加わったとされるが、最終的な報告書が下した結論は「原因不明」だった。
測定機器を何台並べても、音の波形は記録されなかった。しかし当事者たちの苦しみは、データがないからといって消えるものではない。調査後も訴えは続き、「タオス・ハム」という固有名詞だけが世界に広まっていった。
仮説は並ぶが、答えは出ない
科学的な仮説はいくつか提示されている。海洋の波が海底や大陸棚を叩くことで生じる超低周波振動、地殻の微細な動き、あるいは風力発電施設が発する低周波音などが候補に挙がる。また、ごく一部の人間が通常では知覚できない周波数帯を感知できる「スーパーヒアラー」である可能性も議論されてきた。内耳の構造上の違いが、他の人には届かない振動を拾ってしまうという考え方だ。
一方で、長年にわたる報告が情報として広がることで生じる「思い込みや暗示」の側面を指摘する研究者もいる。ただし、その説明だけでは「なぜ同じ描写が独立した証言者から繰り返されるのか」という問いには答えられない。
地球は確かに、人間の耳が普段意識しない振動に満ちている。それが特定の人々に、なぜこれほどの苦しみをもたらすのか。測定できないものは「存在しない」と言い切れるほど、私たちは感覚の仕組みを理解し切れてはいない。あなたの身近に「あの音が止まらない」と言う人がいたとしたら、その訴えをどう受け止めるだろうか。