ネス湖のDNA調査が示した「巨大ウナギ」という仮説
ニュージーランドの研究チームがネス湖250カ所でDNAを採取。首長竜の痕跡はなく、最も多く検出されたのはウナギのDNAだった。
科学がついに「あの湖」に踏み込んだ
スコットランド北部に横たわるネス湖は、水深が最大で200メートルを超え、湖底の地形は複雑に入り組んでいる。透明度が低く、視界が数メートルに満たない場所も珍しくない。目撃証言が100年近く積み重なってきた背景には、そうした「見えない」という条件が深く関わっているとされる。
2018年、ニュージーランドのオタゴ大学を中心とする国際研究チームがこの湖に挑んだ。方法は水中カメラでも音波探査でもなく、環境DNA(eDNA)解析だ。生物が水中に残す皮膚片・排泄物・粘液などのわずかな遺伝情報を採取・解析することで、その場所に何が棲んでいるかを統計的に割り出す手法である。チームはネス湖の250カ所以上からサンプルを採り、データを積み上げた。
「首長竜なし」、そして浮かび上がったウナギの影
2019年に公表された結果は明快だった。チームを率いたニール・ゲンメル教授は「ネス湖に首長竜はいない」と断言した。恐竜時代の生き残りを示すDNAは、どのサンプルからも検出されなかった。サメやチョウザメの遺伝情報も確認できなかったという。
一方で、際立って多く検出されたのがウナギのDNAだった。ネス湖にはヨーロッパウナギが生息することは以前から知られているが、今回の調査ではその量が研究者たちの予想を上回るほどだったとされる。チームは「何らかの要因で異常に大きく育ったウナギが、ネッシー目撃談の一部を説明できる可能性がある」と述べた。ただし、実際に巨大なウナギが存在するかどうかは、この調査だけでは確認できていない。あくまで「可能性の一つ」だ。
謎が解けても、謎が残る理由
ネッシーの最初の現代的な目撃報告は1930年代にさかのぼるとされ、以来、写真・動画・証言が幾度となく世界の注目を集めてきた。その多くは後に誤認や作為が認められたが、すべてが説明されたわけではない。
DNA調査は「いないことの証明」には限界がある、とも言われる。サンプルを採った時点・場所に痕跡がなかったことを示すだけで、湖全体の完全な否定にはならないからだ。それでも今回の調査が持つ意義は大きい。科学的手法で地道にデータを積み上げ、「巨大爬虫類」という仮説を退けたことは一つの到達点だろう。
湖の暗い水面を眺めながら、人はなぜ「何かがいる」と感じ続けるのか。その問いへの答えは、DNAの中ではなく、人間の認知や想像力の奥底にあるのかもしれない。